吉田久則の自己紹介

吉田久則(コンテンツイズキング株式会社 代表取締役)の自己紹介をします。

大学生時代

早稲田大学在学中は、編集プロダクションで校正や対談、インタビュー記事の原稿化など、何でも屋としてのアルバイトをしていました。

特に記憶に残っているのは朝日出版との、インタビュー本「週刊本」や有名な哲学雑誌「エピステーメー」の仕事です。エピステーメー編集部には中野幹隆さんという有名で少々偏屈な編集長がいました。彼にはたいへんかわいがってもらい、編集者の仕事や矜持を学びました。

ゲーム会社にて

「信長の野望」「三國志」シリーズなどを手がけるゲームメーカー、株式会社光栄(現コーエーテクモホールディングス)に入社し、当初は編集部にてゲームのマニュアルや副読本、攻略本の編集を担当していました。

「文章を書ける人材」として、襟川陽一社長(シブサワ・コウ)と襟川恵子専務(肩書きはいずれも当時)のには重宝されました。

ゲームのパッケージやポスターに用いる油絵作品を依頼するための、著名イラストレーター生賴範義氏への手紙(当時はワープロ書きは失礼とされたので手書き)から、それこそ会議の議事録まで。

専門的な領域としては、大人が楽しめるシミュレーションゲームの世界を啓蒙する、というシブサワ・コウの意向から、ゲームデザインから国際政治の研究家、ゲーム理論や競争戦略を専門とする大学教授などに取材をして原稿を書きました。

今はソフトバンクグループの社外取締役でもある襟川恵子氏は、当時からソフトバンク創業者の孫正義社長と懇意にしており、孫社長には出版ノウハウを教えてもらいにいったり、何度かゲームソフトの流通についての商談に同席したりしたことがあります。

ゲームクリエイターでもある襟川社長は、美術大学出身で、たとえば信長の野望の登場人物である武将たちのグラフィックについても強いこだわりがありました。作業しているイラストレーターの横にイスを持ってきて座り、「ここの影を濃くして」「背景のグラデーションはもっと緩やかに」など、細かい指示をしていたことが印象に残っています。

その後、出版部門から、コピーライターとしてセールスプロモーション部門に異動しました。業務内容は幅広く、コピーライティングだけでなく、コーエーの全商品のプロモーション戦略立案、代理店折衝、雑誌社折衝から、ゲームショーや制作発表会の仕切りなども担当しました。

制作会社にて

友人が経営する制作会社を手伝うことになり、WEB系の制作スキルを身に着けました。また、富士通やパナソニック、日立などのeラーニングコンテンツを作ったり、SaaSの立ち上げなどを支援しました。

コンサルファームにて

ニュートン・コンサルティング株式会社(リスクマネジメントのコンサルファーム)では、広報担当として東京都の「中小企業BCP策定支援事業」や経産省の「グループ単位による事業競争力強化モデル事業」などに関わりました。BCPを策定する中小企業数百社の社長にインタビューして東京都が発行する事例集に原稿を書くのがおもな仕事でした。

WEB制作会社にて

WEB制作会社でディレクターとして進行管理などを担当しました。ときには自分自身がライティングを手がけました。

コンテンツイズキング株式会社創業

上記のようなさまざまな経験をベースとして創業したコンテンツイズキングでは、

  1. おもに大手企業をクライアントとしたインタビュー
  2. 起業したばかりの企業から百億円規模までの中小事業者をクライアントとする、コンテンツ制作やコピーライティングによる経営支援

などを手がけてきました。

「WRITEROID(ライトロイド)」事業開始

WRITEROID(ライトロイド)という文章生成技術に出会い、弊社製品としてアレンジしリリースしました。